「10代ら若者をひとりにしない」食品や現金支給も、心に寄り添う無料LINE相談の背景
認定NPO法人D×P(ディーピー)
「認定NPO法人D×P(ディーピー)」では、13歳から25歳の「ユース世代の孤立」を解決するため、さまざまな困難を抱える若者の相談をオンラインで受け、必要に応じて食糧や現金等の支援をしながら社会につなぐ活動をしている。
「みてね基金」の助成事業では、無料のLINE相談「ユキサキチャット」の業務を効率化。それによって時間が生まれ、個々の相談者に寄り添った支援が可能に。
困難な状況に置かれた若者たちの背景を想像してみる。それだけで、世の中が良い方向に向かう。
若者たちからのDMで始まったLINE相談
D×Pは、理事長の今井紀明(いまい のりあき)さんが2012年に立ち上げた団体です。「ひとりひとりの若者が自分の未来に希望を持てる社会」を目指して、仲間とともに独自のプログラムで多くの若者と関わってきました。
13歳から25歳の若者を対象としたLINE相談「ユキサキチャット」は、2018年に開始されました。きっかけは、今井さんがSNSで「進路の相談にのります」と投稿したとき、若者たちからDM(ダイレクトメール)で悩みが寄せられるようになったこと。「オンラインでの進路や就職相談が求められている」と考えた今井さんは、LINE相談窓口を開設しました。
「ユキサキチャット」の大きな特長は3つ。
1つめは、社会福祉士、精神保健福祉士、教員免許保持者など、専門的な知識と経験を持った相談員がいること。生活面の困りごとから進学や就職まで、幅広い層からのさまざまな相談に対応しています。
2つめは、コロナ禍からはじめた食糧支援と現金給付支援です。現在は、両支援がLINE相談全体の約5割を占めています。1回につきお米や加工食品などを約30食分と生活用品を提供、さらに緊急時には一括で8万円を給付する現金支援を行っています。
3つめの特長は、一人の相談者に対して、2、3年など長期間にわたって相談できることです。「相談者の話を否定せず受けとめ、関わろうとすることを常に大事にしてきた」と、かつて相談員もしていたマネジャーの小田さんは話します。
「現在、登録者数は15,000人を超えますが、一人ひとり、状況も困りごとも違います。例えば、同じ状況でもどんな気持ちになるか、人によってまったく異なります。そのため、どんなことで困り、どんなことを大切にしたいのか、相談者の方が打ち明けてくれることを大事にしてきました。『ユキサキチャット』を始めてからこの6年間、2回、3回と相談を重ねてくれたり、一度離れてもまた戻ってくれたりする相談者も多いです。
『ユキサキチャット』では、はじめての相談でなにから話せばいいかわからない若者もいますし、過去にだれかに相談したけれどうまくいかず傷ついてしまった経験をもつ若者と出会うことも多いです。私たちは悩み事の解決だけではなく、『話を聞いてもらえた』『大切にされた』という経験を届けたいと思いながら、日々若者と接しています」
手書きの手紙や体調不良時にはフルーツ缶を、業務効率化で生まれた変化
D×Pが「みてね基金」の助成期間で最も力を入れたのは、相談者に支援が届くまでの業務のIT化を推進し、効率化させることでした。
以前の情報管理では、属人化の高い状態が課題となっていましたが、相談者の情報を一元化し、食糧支援のカスタマイズを一部自動化させました。業務全体の進捗も可視化され、分業化が進んだことで、新たな人材雇用も可能になり、相談員の人数も数年前の2倍に増員しました。以前は相談員の事務作業への負担が大きかったのですが、現在は本来の相談業務に専念できるようになりました。
「食糧支援では、相談者一人ひとりの状況や好みに合わせたリスト作りをシステム化しました。相談者のアンケートをもとに苦手な食材を取り除いて別の食材を入れたり、必要に応じて歯磨き粉や生理用品などの日用品を多く入れたり調整しています。今回、細かい調整をシステム化したことで、緊急性の高い支援が以前よりスピーディに提供できるようになり、支援の需要増から中断していた手書きの手紙に時間を注げるようになるなど大きな変化が生まれました」
「よかったら食べてね」
箱詰めを担当するスタッフが書いた手紙を受け取った相談者から「手書きの手紙って久しぶりに受け取りました」「人の温かみが感じられてうれしかったです」と返事が届くようになったそうです。手紙は相談者の声を知り、支援内容を充実化させるという相乗効果も生んでいます。「フルーツ缶なら体調が悪くても食べやすいと思う」といった相談者の率直な感想に応える形でフルーツ缶を送るようにするなど、よりきめの細かい支援へと進化を見せています。
支援期間が終了しても、関わり続ける姿勢を表す
「ユキサキチャット」では、現金給付や食糧支援を終了するなど、いったん状況が落ち着いた場合でも、様子が気になる方には「最近どうですか?」「就職の面接が近かったように思いますが、どうでしたか?」と、相談者の状況に応じて連絡することを心掛けているそうです。万が一、若者の環境が厳しい状況へと変化したときも頼ってもらえるように、タイミングを見ながら連絡。相談者たちには「『自分のことを思ってくれている人がいる』と安心してもらえたら」と小田さんは言います。
「相談者の方から連絡をくれることもありますが、返事がないことも、ブロックされることもあります。何年か前にも、食糧支援をしていた方から連絡がこなくなったことがありました。このことは後に印象的な思い出になるのですが、私たちは、『相談者からの連絡はないけれど、宅配便の追跡番号から相談者の自宅に食糧は届いているみたいだから、このまま送り続けよう』と、LINEでタイミングを見ながら、メッセージを送り続けていました。
そうしたらしばらく経って『あのとき、相談にのってもらっていた者です』と連絡がありました。『あの頃はしんどくて連絡もできなかったけれど、メッセージは見ていました。最近、連絡もできるくらいまで元気になれたので連絡しました』と。こんなふうに、連絡が一度途絶えても、本人たちの状況が落ち着いたとき、近況報告をしてくれる人が少なくありません」
小田さん自身も相談員をしていた頃、同じように相談者からの連絡が途絶えたことがあったと振り返ります。
「そのときはすごく心配しました。でも、しばらく後になって『あのときはすごく助かりました。今は大学で勉強しています』と近況報告をしてくれました。経済的に厳しい環境など、しんどい渦中にいる人は、連絡ができなくなるほど辛い状況になったり、一度相談はしたけれどもうこれ以上話せないと相談を諦めそうになったりする人もいると思っています。私たちはいろいろな方法でなんとか連絡をしようとはしますが、相談者が連絡してくれるまで待つことも大事にしながら、相談者に合わせた関わり方が続けられたらと思っています。
『ユキサキチャット』ができることは限られているかもしれません。私自身、無力感やオンライン相談の限界を覚えるときもあります。でも、近況報告をくださる方がいると、『よかった!』とうれしい気持ちやほっとした気持ちになります。連絡がない方も、どこかで元気にしていてほしいという気持ちとともに『ユキサキチャット』でやりとりをした経験から、だれかを頼れるようになるなど、相談者にとってのなにかにつながっているといいな、と思いながら活動しています」
若者の詐欺被害を防ぎつつ、声に触れたい
最近D×Pで気にかけているのが、詐欺被害に遭った若者からの相談です。今年に入ってから、投資詐欺や副業詐欺など、投資や仕事の紹介と引き換えに金銭を要求されたという相談が目立っているそう。防止策の一環として、一般社団法人HASSYADAI social(ハッシャダイソーシャル)が発行するパンフレット「騙(だま)されない為の教科書」を食糧支援の箱に入れ、注意喚起を行っています。
「手元にお金のない若者が借金をしてしまう恐れがあるため、詐欺被害に巻き込まれない対策を考えています。困窮状態にある方々は、負の連鎖に陥らないように注意する必要があるので、事前に食い止めるためにD×Pとしてできることはしたいと思っています。
D×Pが関わっている若者は、様々な事情で親に頼れないために、学業だけでなく、アルバイト生活で生計を立てるなど経済的にギリギリの生活をしている人も多くいます。食費を切り詰めるために特定の安い食材を選んで食べていることも珍しくありません。
大学進学でも、奨学金制度を利用したくても何らかの理由で親に進学を反対され、親からの同意やサインが得られない場合があります。そういった学生たちは世間から見えづらく、理解されにくい。若者本人は精神的な負荷が重く、窓口相談へのハードルも高いのです」
「ユキサキチャット」では、厳しい状況に置かれた若者たちが受けられる支援や制度を一緒に探したり、生活費の節約方法をアドバイスしたり、知恵を絞りながら相談に応え、伴走しています。
「といっても、どこまで寄り添った支援ができるかは今後も課題です。『ユキサキチャット』の登録者数は年々増加していますが、まだ氷山の一角だと感じています。私たちが想像できていないところで困っている子どもや若者がいると思うと、その人たちと出会うことが必須です。今年からSNS広告を積極的に出すなど、いろいろな方法で模索しています」
「若者たちに支援を届けたい。そのためにはまず、彼らの声に触れたいです」と、小田さん。
「『若者はこんなことで困っている』と、世の中に発信することも続けながら、社会を変えるきっかけもつくっていきたいです。
この記事で『ユキサキチャット』を知ってくれた皆さんには、困難な状況にある若者に関心を持ってもらえたらと思います。報道でもどんな背景があるのかを想像するなど、見方を少し変えてみたり、寄付募集の呼びかけをシェアしたりしてもらえたら。こうした一つひとつの行動は、世の中がより良い方向へ変わっていくきっかけになると思っています」
取材後記
今回お話を伺ったマネジャーの小田さんは、明るい雰囲気で、わかりやすく丁寧に接してくださいました。そんな時間から、D×Pの皆さんが若者たちにそっと関わり続けようとする姿が想像できて、「なんて優しいのだろう」と、涙を我慢しながらの取材となりました。穏やかな笑顔で同席してくださった熊井さんの空気感も柔らかで、温かな時間に感謝の気持ちでいっぱいです。