2030年のプログラミング教育を 学びの歴史的転換期に挑む「みんなのコード」
特定非営利活動法人みんなのコード
小学校から高等教育まで、日本の教育のデジタル化は急速に進んでいる。
学習指導要領の改訂は約10年ごと。次回の2030年ごろに予定されている改訂に向けた新たな教材開発や先生のサポートが課題に。
「みてね基金」に採択された「特定非営利活動法人みんなのコード」は、中長期の視点でプログラミング教育を支援し、政策提言も行っている。
急速に進む教育の大転換 「レールを自ら敷く教育」へ
今、日本の学校教育が大きく変わろうとしています。変革のキーワードはデジタル化。
2020年度に小学校でのプログラミング教育が必修となり、2022年度には高等学校でのプログラミング教育がより充実。2025年度には大学入学共通テストへの新教科「情報」が新設されます。
現在子育て中のママパパ世代が学んだ頃の「教室の風景」といえば、黒板と教科書、紙のノートといったアナログのツールが浮かぶかもしれません。しかし、今の小学生以上の子どもたちにとっては、1人1台のタブレットを文具として使って学習する日常が、“学校のあたりまえ”になりつつあるのです。
東京都内の公立小学校の教諭や校長を歴任した後、「みんなのコード」に参画した福田晴一さんは、「これまでにない“学びの構造転換”が起きている」と説明します。
「戦後から続く日本の学校教育の学習の基盤は、『言語能力』と 『課題解決能力』でしたが、新たに加わったのが『情報活用能力』です。デジタル技術を使いこなして、自己表現をしたり、他者と関わり合いながら協働したりする力を磨くための学習が求められるようになりました。従来の“「児童生徒をレールに乗せる教育」”から“レールを自ら敷く教育”へ、子どもたちの学び方は歴史的な転換期を迎えています。」
一方で、この急速な変化に対応するため、現場の先生方の負担も急増。困惑、混乱の声が寄せられているのも事実なのだと福田さんは語ります。
2030年代に向けて、今からプログラミング教材開発を急ぐ理由
7年前の設立以来、「みんなのコード」は公教育で活用するプログラミング教材の開発・提供を通じて、先生の支援を続けてきました。
また、地域で子どもたちがテクノロジーに触れられる施設(国内3拠点)も運営。学校の内と外の両方のアプローチからデジタル教育を支えてきた実績があります。
加えて、現在力を入れているのが「政策提言」に関わる動きです。
「約10年ごとに実施される学習指導要領の改訂に合わせ、デジタル教育のあるべき姿を考え、政財界に提言として届けています。今は2030年ごろに予定されている次期学習指導要領の議論の土台となるような提言と、その内容を踏まえた教材の開発を急いでいるところです。」(同団体の杉之原明子さん)
急がなければならない理由は、リミットがあるから。「次期学習指導要領改訂の議論に活用されるには、2024年までに教材開発や実証研究を完了させなければならない」という条件は、資金や人員のリソースが限られるNPOにとってはシビアな事情となっていました。
「今回の『みてね基金』の助成は、この教材開発だけでなく、政策提言を含む社会実装までをカバーする支援として活かされています。成果が出るまでに時間のかかる取り組みに対して、伴走していただける点がとてもありがたいですね。」(杉之原さん)
教材を通じて挑戦するプロダクト・インクルージョン
助成の採択から1年経ち、その間に教材のプロトタイプ(試作版)を制作。実証研究校での授業に導入し、改善に向けての検証も終えています。
「今回の教材で特にこだわったのは“プロダクト・インクルージョン”の観点でした。テクノロジー系のプロダクトは、とかく『男の子が興味を持つもの』というイメージを持たれがちですが、本来は男女関係なく楽しめるはず。将来の職業選択にも関わる重要な問題だと考え、教材のテーマ設定から見直しました。」(杉之原さん)
例えば、暗号の仕組みを学ぶ教材では、女子児童の遊びをヒントに「秘密の手紙コース」と名付けたプログラムを開発。実際に授業に導入した結果、男女共に積極的に楽しむ姿が見られたのだと言います。
男性中心になることが多い教材開発の過程にも、女性のメンバーを起用するなど、プログラミング教育全般のダイバーシティ(多様性)を進めるチャレンジに取り組んでいます。
「私たちのミッションは『全ての子どもがプログラミングを楽しむ国にする』というもの。本当に『全ての子ども』に届いているのかに向き合っていきたい。」と、杉之原さんは意気込みを語ってくれました。
デジタル教育は子どもたちの幸せな未来につながる
一方で、親として、こんな疑問を抱く人もいるかもしれません。
「そんなに急いでデジタル教育を進めて、本当に子どもたちは幸せになれるの?」
この問いに対し、複数の公立小学校で情報教育を推進してきた福田さんは、ニッコリと笑ってこう話します。
「タブレット配布から2年が経過する戸田市立の小学校で5年生の様子を見ていると、子どもたちの学び方に素晴らしい変化を発見できます。例えば、グループ学習の宿題を進めようとしていた4、5人の児童のやりとりに目を見張りました。『じゃ、今日の18時にmeet(オンライン会議システム)で集まってみんなで話して宿題やろうな』『いいね、そうしよう!』『ごめん、私は塾があるから参加できない』『オーケー。録画して後で送るよ』。
デジタル教育がもたらす価値は、まさにこれ。学習の多様化です。」
授業で手を挙げて発表するのは苦手な子でも、デジタルツールを使った学習では積極的になれることも。“輝き方”が多様になることもデジタル教育のメリットです。
「今の子どもたちが大人になる頃には、ロボットと一緒に働く日常も身近になるでしょう。その時代に対応し、幸せに生きるための準備として、プログラミング教育は役立つはずです。」(福田さん)
また、学習の効率化を進めることで、教育現場の働き方改革への貢献も期待できます。
「先生にゆとりが生まれれば、子どもたちの学びも豊かになるはずです。」(福田さん)
「これからの社会でデジタルはより深く浸透することは確実です。そのときに、デジタルに“使われる側”になるのか、“使う側”や“作る側”になれるのか。自ら切り開く力を養い、より充実した人生を歩んでいくためのステップにもなる。そんなプログラミング教育を広げていけるよう、これからも取り組んでいきたいです。」(杉之原さん)
取材後記
福田さんと杉之原さんの言葉は常に温かく、人間味あふれる笑顔が印象的でした。「家族アルバム みてね」ユーザー世代に向けて「“ダメな親”なんて1人もいません。日常の中の試行錯誤を、子どもと一緒に楽しんでください。」というメッセージも。プログラミング教育の印象が柔らかく変わるインタビューでした。(ライター 宮本恵理子)
「デジタルのもたらす価値は、学習の多様化」と福田さん。この考え方はまさに、杉之原さんのおっしゃる「デジタルを”使う側”」に立つご意見です。さまざまな環境の子どもがデジタルを活用し、それぞれの学びを深めていける未来を、インタビューを通して見せていただいた気がしました。(みてね基金事務局 関 麻里)