ネットとデータの力で福祉を変える 悩みを一人で抱える子どもたちに支援を届けたい
認定NPO法人3keys
はじまりは、児童養護施設の学習支援
ステイホームの呼びかけと共に、自宅でより多くの時間を過ごす人が増えたこの1年。「大切な家族との関係性が深まった。」という声もある一方で、児童虐待やDV(ドメスティック・バイオレンス、家庭内暴力)が増加していることが指摘されています。
2020年春の一斉休校などで子どもへの虐待が家庭外から見えづらくなった状況にいち早く対応し、活動を強化したのが「認定NPO法人3keys(スリーキーズ)」。2009年、慶應義塾大学法学部の学生だった森山誉恵さんが、児童養護施設でボランティアをしたことをきっかけに立ち上げた団体です。養育環境の違いから教育格差が広がっていく問題を目の当たりにした森山さんが、大学生の有志を募り、施設訪問型の学習支援活動をスタート。「3keys」という名前には、「すべての子供たちに、きっかけ・きづき・きぼうの3つの鍵を届けたい」という思いが込められているそうです。
首都圏を中心に学習支援の実績を重ねていった森山さんですが、その活動を通じて大きな課題の存在に気づいたのだと振り返ります。
「私たちが児童養護施設で直接支援できるのは、“保護”された子どもたち。つまり、警察や行政が介入するほど過酷な状況に追い込まれたケースに限定されていました。その背後には、保護に至る手前で一人で悩みを抱えている子どもたちがたくさんいる。その子たちを支援することが、次にやるべきことだと強く感じるようになりました。」
新たな使命感から着手したのが、保護者のサポートがなくても10代が安心安全に利用できる支援サービス・相談サイト「 Mex(ミークス)」。虐待やいじめなどの相談窓口となる情報を集め、ワンストップで支援機関にアクセスできる利便性にこだわり、2016年に東京版をリリースしました。東京以外の地域からもアクセスがあったことから、翌年には全国版も展開。2019年度には利用者が100万人を突破しました。
Mexの役割は、子どもたちが個々の悩みに合った支援を知り、実際に支援にたどり着くまでのサポート役となること。「たたく・殴る」「性被害・わいせつ」といった悩み別に相談できる機関の検索機能や、実際にどんな支援が受けられるのかがわかる動画や読みもののコンテンツを掲載し、2021年1月時点の掲載機関・サービス件数は400以上に。Mexを通じて支援機関への相談に至った件数は、2019年度だけで11,508件になりました。
人からネットへ、入り口のハードルを下げる
対面・訪問型の学習支援から、ネット上の情報提供へ。まったく異なるアプローチへと広げた経緯について、森山さんは「私たちは決してインターネットに強い集団ではなかった。開発には苦労しました。」と振り返ります。
「大人に対して不信感を抱いている子どもたちは、そもそも“人”を介した相談窓口に自ら向かうことには消極的なんです。たとえ相談したいと思っても、『自分が行動することで、きょうだいに迷惑がかかるんじゃないか』『家族がこれ以上崩壊するくらいなら、自分が我慢すればいい』と足踏みをしてしまう。結果、状況はさらに悪化して……という悪循環が起きている。この構造を変えるためには、匿名性が高い分ハードルの低い“ネット”を窓口にしたほうが効果的だと考えました。」
Mexの利用状況から見つかる課題も多いのだと森山さん。
「10代が相談情報にアクセスするピーク時間帯が『夜の21時台』であるのに対し、行政・民間が用意している相談窓口のほとんどは夕方17〜18時で閉まってしまいます。集まったデータを生かして、もっとニーズに合う支援を促進するための働きかけをすることが、次なる使命だと考えています。」
インターネットとデータ分析の力で、福祉の効果を最大化したい――。森山さんのそんな思いは、みてね基金の助成によってより早く確実に実現しようとしているのだと言います。「利用者のニーズに応えるための新しい取り組みを、コロナ禍で加速させることができました。」と森山さん。
例えば、動画コンテンツの配信。支援の流れを解説する動画は、Mexの匿名投稿機能に寄せられた子どもの不安や悩みについて、児童精神科医や臨床心理士がアドバイスするライブ動画をYouTube上で配信。家庭の学習環境が不十分な子どもにとっては、文字情報よりも動画のほうが伝わりやすいという狙いがあります。啓発アニメーションでは性別や年齢を限定しないよう、登場するキャラクターには動物を採用してインクルーシブに。
これまでアニメーションは30万回以上、YouTube相談会は2万回以上視聴されており、大人の啓発にもつながっているそう。
また、Mexに掲載する支援機関の中から一定の条件をクリアした機関をマークで表示する認定サービスも開始。電話のつながりやすさ(51%以上)やLINE返信の速さ(72時間以内)、専門家との連携など独自の基準で、“支援の実効力”を見える化しています。認定サービスを始めた意図について、「子どもたちが『支援を求めてよかった』と思える体験を増やすことを重視していきたい。」と森山さんは話します。
さらに、これまでなかった取り組みとして、利用数が多い公的支援機関の実態調査も。いじめの相談窓口として知られる「24時間子供SOSダイヤル」の窓口となっている全国約80の機関にアンケートを実施し、支援の質にばらつきが生じていないかを調査し、結果がまとまり次第、報告する予定です(調査は兵庫教育大学・川上泰彦教授監修により、2020年11月から21年1月まで実施)。
“モデルのない支援”をつくっていきたい
3keysの一連の取り組みのほとんどは、行政が行き届かない支援。そのため既存の助成の枠組みの対象にはなりにくく、運営は寄付に依存していましたが、みてね基金によって新しいチャレンジの可能性が広がっています。
「ユーザーの離脱を防ぐために、サイトが少しでも見やすくなるように改善したり、データ分析をしたり。ネットマーケティングの手法を取り入れる重要性をすぐに理解してくださったのが本当にありがたかったです。」
と森山さん。
高齢化が進む日本では、子どもを支援する公的社会保障はどうしても後手になりがち。だからこそ、民間の力で“モデルのない支援”を創り出していくことが重要なのだと強調します。
これからの挑戦として、子どもたちが安心して一人でも過ごせる居場所づくりを目指し、現在、クラウドファンディングで資金を募っています。
自身も2歳の女の子の母として、「みてね」のヘビーユーザーだという森山さん。
「子どもを社会で支えるためには、大人もゆとりを持って子育てをすることが大切です。実は子育てサポートの公的サービスはいろいろあるのに、利用が進んでいないというのが実情。私たち大人も、困ったときは手を挙げて社会に助けてもらう姿をもっと子どもたちに見せていけるといいですね。社会という畑を丁寧に耕せば、子どもたちは健やかに育つものだと思います。社会保障の仕組みをわかりやすく伝え、支援を受けるべき人に支援をつなげていけるよう、これからも頑張っていきます。」
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取材して感じたこと
「学習支援のNPO」というイメージが強かった3keysさんでしたが、お話を聴いてみると、活動の中で見えてきた課題に次々に挑み、支援のフィールドを広げている様子が伝わってきました。現場のリアルな声に触れているからこその強い確信と使命感に溢れる森山さん。さらなるアクセルを踏むこれからのご活動に注目したいと思います。