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「子どもの願いをかなえたい」。医療ケア児と家族を支える“お節介”集団

NPO法人にこり

  • 福岡で活動を行なう「NPO法人にこり」は、医療ケアが必要な子どもと家族を支援。松丸実奈さんが友人の出産をきっかけに設立し、これまで200人近い子どもたちと向き合ってきました。

  • 医療ケア児と一緒に、お祭りや海遊びなど、“ぶっ飛んだ企画“に積極的にチャレンジ。

  • 「日本は先進医療国で、『赤ちゃんが死なない国』と言われているけれど、『赤ちゃんが幸せな国』でもあってほしい」と、代表の松丸さん。

  • 活動を続けるためのこだわりは「100%を目指さないこと」。うまくできる日もあれば、できない日もある。正解や完璧を目指さずに、今日できることをできるだけやってみる。

「みてね基金」は2020年4月設立以来、子どもや家族の幸せのために活動している団体を支援する取り組みを続けています。
今回紹介するのは、支援先団体の一つ、「NPO法人にこり」です。「にこり」は、医療ケアを必要とする子どもと家族の生活をサポートするデイサービス事業、訪問看護事業、産前産後の母親をケアする事業を行っています。団体が目指そうとする社会のあり方や活動を続けるなかでのこだわりについて、理事長の松丸実奈さんを中心にお話を聞きました。

「NPO法人にこり」代表 松丸実奈さん

きっかけは友人の出産医療ケアが必要な子どもだった

福岡県内の3エリア(北九州市八幡・北九州市小倉南区・遠賀郡岡垣町 )を拠点に、「子どもの願いをかなえるチーム」を掲げて活動し、医療ケアを必要とする子どもと家族を支える団体があります。2018年に、看護師の松丸実奈さんが立ち上げた「NPO法人にこり」です。

産まれつき、あるいは産まれた後の病気などが原因で、自力で呼吸ができない、病気や障害があるなど、日常生活を送る上で医療的なサポートが欠かせない子どもたちが通うデイケアサービスや訪問看護、移動の支援、家族支援などを行っています。

「にこり」の産前産後ケアステーションでの風景

きっかけは、松丸さんの友人の出産だったのだと松丸さんはふり返ります。誕生の知らせを聞き、「おめでとう」と伝えるために病院に行くと、赤ちゃんは呼吸器の管につながれていたのだそう。
不安そうな友人の顔を見て、思わず出た言葉が「大丈夫。私が訪問看護するけん」。NICU(新生児集中治療室)勤務経験があった松丸さんの胸に、「目の前の子どもとお母さんの力になりたい」という思いが湧き上がりました。
退院までの一カ月半の間に、急いで訪問看護事業を始める準備を整え、法律で定められている条件を満たすための仲間を集めて三人で活動を開始。これまで200人近い子どもたちと関わりながら、成長に伴走してきました。

「にこり」の訪問看護の様子

「どうしたら実現できるだろう?」から
選択肢を広げていく

「私自身の感覚としては、『医療ケア児のために活動している』という意識はあまりなくて、ただ目の前の子どもを笑顔にしたい気持ちだけでやってきました。せっかく助けられた大切な命が、一日一日輝くように。子どもは好奇心のかたまりで、面白そうなことをやってみるのが大好きだし、毎日を楽しむために生まれてきたと思うから。健康かどうかというのは、その子の一面でしかないし、楽しいことの実現のために医療や福祉を使っていきたい。『できない理由』から探し始めるとがんじがらめになるけれど、『どうしたらできるかな?』と一緒に考えて、“ぶっ飛んだ企画”に積極的にチャレンジしています。私たち、子どもが楽しんでくれるためのお節介が大好きな集団なんです」

春は子どもとイチゴ狩りにも

例えば飛行機に乗って県外に出かけたり、地域の商店街でお祭りを開いてみたり。「医療ケア児が外出するのは危険」という思い込みにとらわれることなく、バリアフリーの環境に狭めることもなく、「にこり」の活動範囲は広がっています。

団体を立ち上げた頃から松丸さんと連携して活動している介護福祉士の上田華奈さんも、“子どもを楽しませるお節介”を盛り上げてきた一人。特に思い入れが深いのは、団体設立当初から毎年続けている「海遊び」のアクティビティなのだそう。

海に浮くのは最高!

「喉に穴を空けて呼吸器をつなげている子を浮き輪に乗せて海に浮かべるなんて、『とんでもない』と驚く人もたくさんいますが、力を合わせて実現するのが『にこり』なんです」(上田さん)

全身で水に触れて気持ちよさそうな顔をしたり、頬にかかった海のしぶきに驚いたり。非日常の体験のなかでいろいろな表情や反応を見せ、着実にたくましくなっていく子どもたちの変化を、上田さんは見てきました。

「すべての子どもたちが子どもたちらしく過ごせる世の中が、当たり前になるといいなと願っています」

100%の完璧は目指さない
できる日もあればできない日もある

松丸さんは、初めて海遊びに連れて行ったAちゃんの母親と交わしたやりとりが忘れられないのだと語ります。

「Aちゃんが普段は見せない顔を見せてくれたと報告すると、お母さんが泣き出して。『松丸さん、私はこの子がNICUにいたときに、こんな日が来るなんて夢にも思わなかった。毎日毎日、どうしてこの子を産んでしまったんだろうと自分を責めていたんです』と。お母さんはそこまで思い詰めるのかと驚くと同時に、私がNICUで働いていた頃に出会った子どもたち一人ひとりの顔が浮かんできました。日本は先進医療国で、『赤ちゃんが死なない国』と言われているけれど、『赤ちゃんが幸せな国』でもあってほしいです。私は今の活動の発信を通して、小児医療に携わる仲間たちに、『ほら見て。病院の外に出た子どもたちはこんなに楽しそうだよ!』と伝えたいのかもしれないですね」

訪問看護に向かう「にこり」

活動を続けるためのこだわりは「100%を目指さないこと」。

「時代は常に変わるし、関わる人が変われば考え方も変わる。同じことをやっても、うまくできる日もあれば、できない日もある。正解や完璧を目指さずに、今日できることをできるだけやってみる。その積み重ねで進んでいけばいいと思っています」(松丸さん)

常識を覆しながらぐんぐん前に進む松丸さんのポジティブな姿勢は、周りの人も巻き込んでいき、スタッフは約70人に増加。松丸さんが最初にサポートした友人の子どもは、小学二年生になりました。
設立当初から団体を支えてきた小児科医の荒木俊介さんは、「誰もが見て見ぬふりをしている社会課題に気づいて、突き動かされてしまう人」と松丸さんを表現します。

海に入る松丸さんと子ども

産前産後のお母さんを支えよう
コロナ禍で新事業が本格化

さらに、コロナ禍で本格化したのが、産後ケア事業。母親が一人で子育てを頑張りすぎないように、おいしい食事やゆっくりと入浴ができる時間をつくるサポートをするほか、産後うつが疑われる場合には、地域の医師と連携して訪問するなど医療ネットワークを生かした総合的なケアを目指しています。

小児科医による往診も

特に、コロナ禍の外出制限で子育て世代の孤立が心配される中、産前産後ケアステーションを開設できたことは、妊娠・出産で不安を抱えていた母親にとって「大きな支えになった」という声が寄せられているそうです。低所得世帯向けに食事を配布するサービスも開始するなど、「にこり」がサポートする対象は広がっています。

「家庭の事情は多種多様で、『これが正解』と押し付ける基準なんてないんだなと感じます。緊急時には必要な手段は取りますが、できるだけその家族にとって大切な価値観に寄り添いたい。医師、看護師、介護士、医療や福祉の専門職が集まって、上も下もなくフラットに知恵と力を持ち寄るのが、『にこり』の強みです」(松丸さん)

松丸さんと共に子どもたちのいろいろな表情を見てきた副理事長の上田さんは、「視力が弱い子が眼鏡をかけるように、呼吸機能が弱い子は呼吸器をつけるだけ。医療ケア児を特別視しないで、普通にふざけたり、おしゃれを楽しんだりする子どもとして接してみてください」と投げかけます。

お花の綺麗な季節はお散歩

「社会を変えるためになんて、大それた目標はないです」と笑う松丸さん。それは、いつも「目の前の子どもたち」と向き合い続けてきたから。これからやってみたいことの一つとして、子育て中の家族が自由に立ち寄っておしゃべりをしたり、就業相談や医療相談もできる「スナックにこり」を開店する構想も語ってくれました。「にこり」の“お節介”は、まだまだ続きそうです。


取材後記

お話を伺った松丸さん、上田さんの印象は「とにかく明るくて楽しそう」。医療ケア児と家族を支援する団体と聞き、勝手に抱いていたイメージを良い意味で裏切られました。「育児で困ったとき、周りに支えてくれる人は必ずいる。ぜひ視野を広げて見渡してみてください」という荒木医師の言葉には、「にこり」の取り組みから得られた確信が滲み出ていました。(インタビュアー/ライター・宮本恵理子)

「にこり」のような素敵な団体が自分の住む街にいたら、と思います。
子育てに悩みを抱えた時も、「にこり」の人と会話するだけで、自分の視野が開かれ、明るい気持ちになれるはず。「にこりのお祭り」に「スナックにこり」これからも”ぶっ飛んだ企画”で地域の家族や子どもの笑顔を増やす「にこり」さんを応援しています。(みてね基金事務局・関)

団体名
NPO法人にこり
助成事業名
病気の子どもと家族や誰もが暮らしやすい社会作りを目指す活動

インタビュアー/ライター
宮本恵理子
出版社を経て、2009年に独立。主に働き方やライフストーリー、家族をテーマに取材執筆。最新著は『行列のできるインタビュアーの聞く技術』。

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