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LINEで社会的支援の“壁”を突破、誰もが支援を受けて子育てできる社会へ

認定NPO法人フローレンス

  • 認定NPO法人フローレンス」が、困難な状況にある家庭ほど支援が届きにくいという課題を解決するため、「デジタルソーシャルワークのモデル開発とデジタル児童相談所創設」事業(以下デジタルソーシャルワーク構想)に取り組んでいる。

  • LINE登録するだけで、自分の地域にあった子育てお役立ち情報を入手できる他、ボタン1つで宅食支援の申込も可能。

  • 日頃からゆるくつながっているからこそ、何気ないことも相談できる。人間相手だと言いにくいような気持ちの受け止めには、生成AIが活躍。

「みてね基金」は2020年4月に活動を開始して以来、子どもや家族の幸せのために活動している非営利団体を支援する取り組みを続けています。今回紹介するのは、2021年3月に「みてね基金」第二期イノベーション助成で採択した、「認定NPO法人フローレンス(以下フローレンス)」です。2024年3月で助成期間が終了となったデジタルソーシャルワーク構想について、3年間でどのような成果があったのか、桂山奈緒子さんにお話を聞きました。

認定NPO法人フローレンス 「あたらしいつながり創造局」マネージャーの桂山 奈緒子さん

こども・子育て領域で先進的な活動に20年間取り組んできたフローレンス

フローレンスは、子ども・子育て領域の課題解決に取り組む国内最大規模のNPOです。2024年に設立20周年を迎えました。2005年から、日本初となる共済型・訪問型の病児保育サービスを開始したことで知られています。他にも、待機児童問題の解決を目指した少人数でも運営できる保育園「おうち保育園」を開所し、その実績を国に提言して制度化するなど、子どもや子育てに関わる課題解決と価値創造に積極的に取り組んでいる団体です。

フローレンス 20年の歩み

「『みてね基金』第一期助成に申請したのはコロナ禍がきっかけでした。フローレンスでは、子どもの貧困問題にも取り組んでいます。経済的に苦しい世帯に食品を届ける『こども宅食』事業では、コロナ禍突入直後に全国の子育て世帯からたくさんのSOSが寄せられました。そういった声に応えるべく、『みてね基金』第一期助成に申請し、『持病や低所得等でリスクの高い子育て家庭に「緊急こども宅食」を』という事業へ1,000万円弱の助成をいただきました」

コロナ禍での緊急支援で感じたのは、仕組みづくりの重要性だと言います。

「オンラインでお話を聞きながら食品等を配送していたのですが、世の中に同じような状況の人が多くいる中では焼け石に水で、より幅広い支援を継続的に届けるための仕組み作りが必要だと感じました」

そこで活用したのが、「みてね基金」第二期イノベーション助成です。

「窓口に行けない」「支援がない」申請主義と地域格差の壁

「こどもや子育て世帯を取り巻く支援環境には、困難を抱える家庭ほど支援が届きにくいという課題があります。その背景にあるのが、申請主義と地域格差です。

日本ではなんらかの支援を受けたい場合、自分で窓口まで行ってしっかりと状況を説明し、審査に通れば支援が受けられる、といった申請主義が主流です。しかし、仕事を休みづらく、窓口が開いている時間に申請に行くことが難しい場合や、精神的に追い詰められている家庭にとって、そこに至るまでのハードルは高いものです」

さらに、地域によって受けられる支援も異なると言います。

「原則として行政が主体の支援は対象者が住んでいる地域の社会資源を活用して行われます。そうなるとどうしても、支援が充実している地域とそうでない地域が出てきてしまいますよね。生まれた場所によって受けられる支援が違うという地域格差が、幼少期だけでなく大人になるまで影響を及ぼしてしまうんです」

こうした現状に対し、デジタルを活用して地域を超えた支援を届けるのが、デジタルソーシャルワーク構想です。

LINEを活用、“申請を待つ”支援から“届ける”支援へ

デジタルソーシャルワーク構想の核となるのは、「おやこよりそいチャット」というLINE公式アカウントです。LINEを活用した子育て関連情報の配信や、こども宅食への登録などをきっかけとして、まずは子育て家庭とデジタルソーシャルワーカー(Digital Social Worker、以下DSWer)がつながっている状態を生み出します。その後、自然なやり取りの中で雑談や相談に応じ、必要な情報提供や支援へつないでいくことを目指すものです。

※ソーシャルワーカー:福祉等に関する専門知識を活かし、日常生活上の問題や困難を抱える人々の相談を受け、社会的支援を提供する専門職のこと。相談者の話をじっくり聞き、必要な支援を紹介することで、自立した生活を営むためのサポートをする。

「フローレンスには現在、DSWerが20名以上在籍しており、全国各地からフルリモートで参画しています。社会福祉士や心理士のような、医療や福祉に関する専門資格を持つ、相談支援の実務経験が豊富な方々です。

DSWerのみなさんは、LINEを通じて登録者からの雑談・相談を受け止め、各地の行政や社会福祉協議会、医療機関、NPOなどの支援団体と連携して、適切な支援へとつなぐという、構想の要となる役割を担っています。登録者の住む地域で活動するソーシャルワーカーともつなげられるので、対面での訪問支援や同行支援も可能です」

「おやこよりそいチャット」は、神戸市とBE KOBE ミライPROJECTの協力を得て、2021年8月より神戸市で運用が始まりました。

「自治体と連携して事例を作りたいと考えていたので、神戸市と協定を結ぶことができたのは大きかったですね。どのくらいの利用があるかは未知数でしたが、最初の1ヶ月だけで3,000名以上の登録をいただき、ニーズの高さが伺えました」

LINEでつながるフェーズでも、ハードルを下げる仕組みを取り入れています。

「『おやこよりそいチャット神戸』では、神戸こども宅食プロジェクトと連携して、LINE上から簡単に宅食の申込ができます。その流れでDSWerとLINEでのやりとりが始まるので、宅食の申込をきっかけに相談へとつながったケースもたくさんありました。

行政の窓口や電話相談など、子育てに関する相談を受け付けている場所は少なくないのですが、きっかけがつかめなかったり、お金がなくてそこまで行けない、病気や障害で外出が難しい、一度嫌な思いをして行きづらくなっているなど、さまざまな理由で相談できない人も多いのが現状です。ほとんどの人にとって、SOSを出すのは思った以上に難しいことなんです。そこで、SOSを出していると意識させない程ハードルを下げて相手の状況を伺うことが、支援につなぐ第一歩となります」

そこでフローレンスでは、登録者から気軽にメッセージを送ってもらえるよう、プッシュ型の情報配信に力を入れているそうです。「神戸市垂水区で週末にこんなイベントがあります」といったエリアごとの子育て関連情報を、週に1〜2回程度と高めの頻度で配信しています。気になるものがあればLINEで気軽に問合せできるため、それが登録者の状況を伺う際の取っ掛かりになることもあるようです。

「こうしたプッシュ型の情報提供を受けて、実際に何らかのサービスや制度に申し込んだという人は60%以上に上り、『おやこよりそいチャット』の利用が行動を促すきっかけとして機能していることがわかります。相談や行動にまでは至らなくても、何かあったら相談できる場として、お守りのように使っているという方も多いのではないでしょうか。

お子さんや保護者自身が外出が困難なほどの疾病をもっている方や、支援サービスの利用をあきらめた経験がある方の利用も多く、これまで支援が必要なのに届いていなかった層にも届いているという手応えを感じています」

3年間の事業を通じて見えてきた、デジタルだからこそできること

3年間の事業を通じて、様々な成果が生まれました。「おやこよりそいチャット」は2022年5月に山形市で導入されたほか、2023年8月には仙台市で日常的に医療的ケアを必要とする子どもがいる家庭向けにもサービスを開始するなど、全国1万人以上がサービスを利用しています。こうした実績を積み重ねる中で、デジタルならではの利点が見えてきました。

「ただ支援先とつなげるだけではなく、支援を必要としている人とつながり続けるということがとても大事なんです。世の中には一時的な相談窓口も多くありますが、適切な支援先につないだら終わりというところも少なくありません。

ですが、1つの家庭が抱えている問題は、どこかの機関につなげばそれで解決というものではないんです。背景には10も20もの課題がひそんでおり、複雑に絡み合っているので、単発の支援ではなく、長期的な伴走支援が必要です。一時的によくなったように見えても、またほころびが見えてくることもあります。べったりではないけど、定期的に連絡してフォローできる。長期にわたってつながり続けられることがデジタルの強みです」

デジタルならではの強みはまだまだあります。

「対面での支援だと、必要とする領域の専門家が近くにいないといったこともあるのですが、デジタルだと場所の制約がないのでつなぐことができます。

またコミュニケーションの媒体としても、デジタルだからこそやりやすい面があります。口頭・対面での支援では情報が断片的になってしまい、手元に残りづらいのですが、LINEのやりとりであれば記録が残るので、後から読み返すことが可能です。2022年11月には試験的に外国ルーツ家庭の方を対象とした『Global Oyako Chat』(※現在は休止中)の運用を始めたのですが、この点は特に喜ばれました」

一方、支援するDSWer側から見た場合も、デジタル活用には多くのメリットがあるそうです。

「『おやこよりそいチャット』では、1つのケースを数人でフォローしているため、悩んだときはDSWer同士で相談できる環境があります。デジタルだと相談者とのやりとりの内容も共有しやすいので、チームでの支援もスムーズです。ほかのDSWerの対応が勉強になるという声も寄せられています。

DSWerからは本当に様々な相談があるので、『こんな声聞いたことなかった』、『こんなことで悩んでいる人がいるんだ』と視野が広がったという意見もありました。フローレンスに在籍しているDSWerは、行政の相談窓口や福祉施設で長く働かれていた方も多いのですが、そこでは出会えなかった悩みや対応が多くあるようです」

Chat GPTを活用したAI版の子育て相談LINE「いまきくイヌAI(あい)ちゃん」の効果

また、Chat GPTを活用したAI版の子育て相談LINE「いまきくイヌAI(あい)ちゃん」を併用することで、切れ目のない支援を低コストで実現することが可能になりました。AIちゃんは傾聴や気持ちの受け止めに特化しており、時間外でも24時間365日、利用者の声に対応することができます。

人が相手だとかえって言いづらいような気持ちもAIちゃんが受け止めてくれるため、利用者とサービスそのものとの関係構築に一役買っているそうです。

「DSWerへの相談に切り替えることもできるので、AIを使う場面と人でなければ難しい場面を、利用者さん自身が判断して上手に活用してくれています。人間だと24時間365日ずっと対応し続けることは難しいのですが、夜間や休日はAIちゃんに対応してもらうことで、対面だと取りこぼしてしまうようなケースを拾えるのは、支援者側としてもうれしい点です」

誰しも困るときがあるからこそ、安心できるネットワークが必要

最後に桂山さんから、子育て世代の方々やこの記事を読まれている方へのメッセージをいただきました。

「フローレンスでは、誰もが支援を受けて子育てをすることが当たり前の社会を目指しています。子育て家庭への支援活動というと、生活困窮のようなわかりやすいラベルで語られがちですが、困っている人がいるというよりは、誰しも困るときがあるんだとお伝えしたいです。

明日病気になるかもしれないし、いきなり仕事がなくなるかもしれません。予防的アプローチと言いますが、誰しも助けを必要とするときがあるからこそ、困窮家庭向けの支援と区切るのではなく、みんながあらかじめ安心のネットワークとつながれている状態を広げていきたいのです」

では、頼り頼られるという関係性は、どのようにすれば育んでいけるのでしょうか。

「入口は本当に小さなことで構いません。ちょっとした悩みを話して、聞いてもらったという体験が、もっと大きな悩みにぶつかったときに相談できる関係へとつながります。

子育て支援や福祉、NPOというと遠いもののように感じられるかもしれませんが、この事業に関わったことで、人は社会のつながりの中で支え合って生きているんだなということを日々実感しています。ご近所の方とあいさつをしたり、一声かけたりといった何気ないコミュニケーションのおかげで、孤独感が薄らいだり、人に期待してもいいような気持ちになったりすることもあるのではないでしょうか。

ほんの少し周りに関心をもって、まずは隣の人にやさしいまなざしを向けてみる。そんなところからはじめられるといいと思います」


取材後記

もし自分が困った状態に陥ったら……相談窓口はあっても、実際にはなかなか相談できないものだというお話を聞いて、確かにそうだなと感じました。そういったところに相談するという発想自体出てこないこともあると思うので、困ってからではなく、いざというときに備えて普段から頼れるネットワークとつながっておくというのは大切ですね。住んでいる場所にかかわらず、必要な支援が当たり前に受けられる社会に向けて、「おやこよりそいチャット」がもっともっと広がってほしいなと思います!

団体名
認定NPO法人フローレンス
助成事業名
デジタルソーシャルワークのモデル開発とデジタル児童相談所創設

インタビュアー/ライター
茨木いずみ
宮崎県出身。教育系企業勤務、岩手県での復興支援員等を経てフリーランスとして活動。NPO法人の運営等に携わりながら、ローカル、教育等をテーマに取材執筆。

フォトグラファー
ゼニ / 関根 海 https://lovegraph.me/photographers/zeni