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ろう・難聴の子どもの「聞こえないからできない」を「やりたい」「できる」に変えるヒント

NPO法人SilentVoice

  • 「プロセスを考える」を習慣化すると、子どもの問題解決力が育つ。

  • 大人は子どもの「やりたい」を吸い上げ、実現方法を一緒に考えるサポート役。

  • コミュニケーションは子どもがチャレンジするためのエンジン!

聴覚障がいのある子どもたち(以下、ろう・難聴の子どもたち)にとことん向き合い、その子に合った学びを提供する教育プログラムがあります。「NPO法人SilentVoice」(以下、サイレントボイス)が運営するろう・難聴児専門の放課後等デイサービス「デフアカデミー」と、オンライン対話学習サービス「サークルオー」です。「サイレントボイス」の事務局長の井戸上勝一さんに、活動への思いやご自身の原体験、障がいのある・なしにかかわらず活躍できる社会づくりのヒントをお聞きしました。

NPO法人SilentVoice 事務局長 井戸上勝一さん

先生が言っていることがわからなくて、なかなか授業についていけなかったり。友だちと「お昼休み、何して遊ぶ?」と話し合うときも、会話の流れがわからず最後に決まったことだけ伝えられたり。学校生活でこんな毎日を送る子どもたちがいます、と井戸上さんは言います。

「できないことに目を向けざるを得ない環境で長くを過ごしてきた子どもが、大人になっていきなり自信を持ってチャレンジできるかというと難しいです。まずは自分の伝えたいことが相手に伝わる。相手の意見やその背景がわかる。ろう・難聴者が活躍する社会をつくるには、子どもの頃からこうした体験を積み上げていくことがとても大切です」

「サイレントボイス」は、ろう・難聴の子どもたちに教育プログラムを提供する団体です。ろう・難聴の子ども向けの放課後等デイサービス「デフアカデミー」や、zoomなどのビデオチャットを使ったオンライン対話学習サービス「サークルオー」を手がけています。

子どもの「やりたい」を信じよう

「デフアカデミー」では集団で取り組む学習型ワークショップなどを通じて、ろう・難聴の子どもたちに「自分で考えて、チームで協力して、実践してみる」という経験を提供しています。プロセスを考えることを習慣化し、子どもたちの問題解決力を育んでいくのです。

「例えば、小学校高学年の子どもたちは3カ月に一回、企画型プロジェクト学習に取り組みます。プロジェクト学習では、子どもたちは企画を進めるなかで、自分の意見を求められます。子ども同士で話し合い、役割を決め、計画を立て、実際にやってみるのです」

デフアカデミーの一コマ

2023年の夏は「夏祭り」というテーマに取り組みました。プロジェクトを進めていくと、ほかの人と意見が違ったり、ぶつかったりすることが出てきます。こうした経験は、考え方が違う人がいることを理解し、それでも納得できる答えを見つける方法や伝え方を学んでいきます。

「聞こえる子どもと同じことができるようになるよりも、その子自身がどうありたいのかを決める力を育むほうが大切です。そして、大人が子どもの『やりたい』を信じて応援してあげることが子どもたちのエネルギーになります。でも、これが実現できる教育環境はまだまだ少ないと思います」

自分の意見を言う、人の意見を聞く

夏祭りプロジェクトでは、何にどのくらいお金がかかるのかを子どもたちが書き出して、教室の責任者に予算をプレゼンしました。備品などの買い出しでは、地域のお店の方たちとのコミュニケーションを通じて「欲しいものを自分で買う」という体験をしました。

「『できない』という思考ブロックを外して、やってみることがとても重要です。コミュニケーションの不安から子どもに一人で買い物をさせたことがないご家庭も実際に見てきました。だからこそ、家庭から飛び出して、外部の人たちとコミュニケーションを取る機会を意図的につくっています」

色んな人とコミュニケーションを取る!教室では学生スタッフとも会話

プロジェクトのゴールやプロセスには、大人は基本的には関わりません。「子どものなかに『やってみたい』と思えることができたり、できたという成功体験を増やしたりすることを一番大事にしているからです。大人は子どもたちの『やりたい』を吸い上げて、どうすれば実現できるか一緒に考えるサポート役です」と井戸上さんは言います。

「一緒にやる」がコミュニケーションの源泉になる

もう一つの教育事業「サークルオー」は、ろう・難聴の小・中・高校生のためのオンライン対話学習サービスです。コロナ禍の2020年に本格的にスタートしました。

「マスクを着用する人が増えたことは、口元を見て会話を読み取るろう・難聴者のコミュニケーションを難しくしました。さらに、家族や兄弟とも十分にコミュニケーションが成立していない子どもたちの存在を目の当たりにして、なんとかしたいという思いがオンライン事業に力を入れるきっかけになりました」

「サークルオー」中高生クラス
ロールモデル交流会にて「建築」という手話表現をする
「サークルオー」小学校低学年クラス
ニュピの日(インドネシアの祝日)は「みんな電気を使わないから星がきれい!」と知り驚く様子

「サークルオー」では、低学年の子どもには語彙を増やすことを目標にした言葉の力を延ばす授業を行なっています。中高学生の子どもには、子どもの学力や言語そして性格に合わせて、一対一の教科学習授業を実施しています。

「聴覚障がいと言っても、子どもたちの聴力にはかなりグラデーションがあります。ベストなコミュニケーションの手段も違います。そのため手話はもちろん、図や写真・映像なども視覚情報をフル活用しながら子どもに『わかる』という体験を提供しています」

視覚情報を用いて、分かる体験を増やす

先天的に聴覚に障がいのある子どもの数は1,000人に1~2人と言われています(*1)。それぞれの子どもに合わせた教育の必要性は高いものの、生まれ育った地域によっては近くに支援環境がないこともあります。そのため、「ろう・難聴の子どもたちへの教育は、ご家族それぞれの努力に頼ってしまっているケースは少なくありません」と井戸上さんは言います。

でも、中には手話ができないご家庭も少なくありません。また、学年が上がるにつれて子どもたちが学ぶ内容もどんどんレベルアップしていきます。今までお母さんが勉強を教えていたけど、伝えたいことが伝わらない。結果的に親子の関係性も悪くなってしまった、というご家庭も見てきました。

「オンラインなら身近にに支援環境がなかった子にも、その子がわかる言語で教育を保証することができます。また、『サークルオー』の先生はろう・難聴の先生が半数在籍しています。学習のサポートだけでなく、ロールモデルであり、信頼できる第三者として、子どもと親の間をつなぐハブ的な役割も果たしています」

オンラインを通じてロールモデルや全国の友達とつながる

さらに、「対面で出会う機会もセットにしてプログラムをつくることもとても重要です」とも。オンラインで出会った友だちや先生と実際に会える機会もこれからもどんどん増やしていくとのことです。

「会話がなかったとしても、誰かと一緒に荷物を運ぶという行為だけでも、そこにはコミュニケーションの本質である『他者を想像する』時間があります。場を共有する、一緒に取り組むことで生まれるコミュニケーションの源泉は協働体験のなかにたくさんあります。誰かと時間や空間を共有すること、それが子どもたちがチャレンジするエネルギーになります」

「サークルオー」のメンバー集合

「聞こえない」を一括りにしない社会に

「サイレントボイス」の原点は、ろう者の両親に育てられた代表理事・尾中友哉さんの幼少期にあります。

尾中さんは、耳が聞こえない両親に育てられた聞こえる子ども(コーダ(*2))です。喫茶店を開業し、好きな仕事をしているお母さまと障がい者雇用の枠組みのなかで働くお父さま。

「聞こえない」という事実は同じでも、受けてきた教育や人との出会いよって生き方や人生の満足度が大きく変わる。その事実を目の当たりにしたことが、ろう・難聴の子どもたちの教育問題や孤立問題に取り組む「サイレントボイス」の設立につながりました。

井戸上さんも、ろう者の母と盲ろう者の父をもつコーダです。新卒で株式会社LITALICOに就職し、全国の障がいや発達に特性のある子の通う放課後等デイサービスを回るなかで、聞こえない子どもが教室の隅にひとり座っている姿を見てきたと言います。

井戸上さん(写真右から二人目)とご家族

「放課後等デイサービスは全国に約1万件以上ありますが、手話などでコミュニケーションができる場所は20カ所くらいしかありません。ろう・難聴の子どもの数は、1000人に1人と言われており、ビジネスとして成り立たない結果、発展して来ませんでした。『子どもたちにとって必要な教育がどうすればできるのだろうか』とモヤモヤしていたときに偶然『サイレントボイス』に出会い、『ここならやりたいことにチャレンジできる』と思いました」

2023年時点で、「デフアカデミー」の登録ユーザー数は約130人、「サークルオー」の登録者数は約60人です。参加しているのは子どもたちだけではありません。「『サークルオー』は、子どもの教育にかかわりたかったろうの方々の活躍の場にもなりました」と井戸上さんは話します。

最後に、障がいのある・なしにかかわらず、大人と子どもが一緒になって可能性にあふれる未来をつくるためのヒントを聞くと、「『聴覚障がい』というラベルではなく、”目の前にいる〇〇さん”としての共通点や違いに目を向けることが大切です」という答えが返ってきました。

「例えば、ろう・難聴者と言えど教育環境や触れてきた文化が違えば考え方も違います。聞こえる人との共通点もたくさんあります。僕の両親は耳が聞こえませんが、僕にとっては『聴覚障がい者』ではなく、あくまで父親と母親です。特定のラベルやカテゴリーをあえてなくしてみる、そういう人が少しづつ増えるだけでもコミュニケーションの仕方は変わっていくと思います」

デフと聴者の できるをふやす「SilentVoice」全員集合!

取材後記

井戸上さんのお話する、新しい教育のかたち、子どもの個性を育み、多様な人の在り方を祝福する教育の未来に心が躍りました。先天的後天的どんなチャレンジがあろうとも、一人でも多くの子どもが自ら「やりたい!」「できる!」と目や心を輝かせている世界を見たいと思いました。(みてね基金事務局 せき)

団体名
NPO法人Silent Voice
助成事業名
ろう・難聴児の「能力形成支援プログラム」の開発・実践と組織基盤等の強化

*1 厚生労働省 難聴児の早期発見・早期療育推進のための基本方針 p.1
*2 コーダ CODA:Children of Deaf Adults:耳が聞こえない、または聞こえにくい親のもとで育つ子どものこと。


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