「多様な性」から「多様性」へLGBTQの子どもたちも安心して過ごせる学校現場をつくる
認定特定非営利活動法人ReBit
徐々に広がるLGBTQの認知 一方で、教えるための知識は不足
「お母さん、もしかしたら私、女の子が好きかもしれない」。もしも自分の娘からそんな悩みを打ち明けられたら、どんな言葉をかけますか?
「多様な性のあり方」を意味するLGBTQ(※)という言葉の認知はここ数年で徐々に広まりつつあります。10代が親しむ芸能人やインフルエンサーの中に、LGBTQであることを公表する人が増えたことや、SDGsに向けた取り組みとして企業・団体による啓発活動が活発化していることなどがその背景にあります。
しかしながら、子どもたちに寄り添う場にある大人たちに十分な知識があるかというと、追いついていないのが現状です。LGBTQについてどう教えたらいいのか、また、当事者である子ども・若者たちをどうサポートしていけばいいのか、特に学齢期における教育現場での理解・支援を届ける活動を行ってきたのが、「認定特定非営利活動法人ReBit」です。自らもトランスジェンダーである藥師実芳さんが20歳の時に、学校で出張授業を行う取り組みからスタートしました。
17歳で自殺未遂 子どもたちがありのままで大人になれる社会へ
「僕はもともと女の子として生まれましたが、幼少期から性別に違和感を抱いてきました。ずっと誰にも悩みを打ち明けられず、『このまま大人になることはできないのではないか』と17歳の時に自殺未遂をした経験があります。『誰かと違っても、あなたのままで大人になれるんだよ』と子どもたちに伝えたくて、出張授業を始めました」
学校の先生も生徒も、LGBTQについて学んだことがある人は1割程度しかいない。当時のそんな現状を知った藥師さんが特に力を入れてきたのが、正しい情報と適切な支援を届けるための教育事業です。具体的には、学校現場で活用できる教材の開発と、講師を派遣しての研修・授業の提供を実施してきました。これまでに3万部を超える材を発行し、教育現場や行政で開催した授業・研修は1,500回を超えるほどに。とりわけ、文部科学省認定の小中学校の教科書にLGBTQの記載が加わったことは(2019年より中学校、2020年の小学校の教科書の一部に掲載)、大きなステップだったと振り返ります。
教材開発におけるゴールは、教職員が自らLGBTQの授業ができること。学年に合わせた教材キットを複数開発しているほか、映像教材・配布資料・学習指導案をセットにして無償配布しています。こういった取り組みの成果も出てきました。
「今年10月に公開した調査によると、LGBTQ学生のうち4割が『この1年で、学校でLGBTQについて学んだ』と回答していたんです。10年前はほとんど認知されていなかった状況から比較すると、飛躍的な変化だと感じます。」
1年365日ずっと安心して過ごせる学校環境に
教育事業のネクストステップとして藥師さんが描くのは、授業でLGBTQを知る1日だけでなく、残りの364日も安心安全な学校現場をつくっていくこと。授業を行う先生をサポートしたり、行政と連携して地域にも活動を広げたりするリーダー役となれる講師の育成強化のために、「みてね基金」が活かされています。
「ReBitの授業の後、講師の肩をトントンと叩いて『実は自分もLGBTQなんだ。誰にも言えなかったから、今日の話を聞いて本当に救われた』と話してくれる子が少なからずいます。そして何年か経った後に、今度はその子が研修のスピーカーになってくれることもありました。地元でLGBTQイベントを企画した講師もいます。こうしたリーダーシップの広がりが、重要なソーシャルインパクトになると確信しています。」
社会に出てからの壁 キャリアの悩みもサポート
ReBitが高校生までの学齢期の支援を主軸とした教育事業と並んで、力を入れているのが「キャリア事業」。
就職・転職時に、トランスジェンダーの75%が困難やハラスメントを経験することから、キャリア支援を行っています。さらに、周囲によるハラスメントなどから精神疾患を抱える当事者も多いという現状を受け、福祉事業にも着手。2021年度には、渋谷区にて日本初となるLGBTQフレンドリーな就労移行支援事業所(障害がある人たちの就職を支援する障害福祉サービス)「ダイバーシティキャリアセンター」をオープン。23年度には大阪での開設も予定するなど、新たなムーブメントを起こしています。
このような取り組みから、就職やキャリアに関する相談が全国から増え、精神障害など深刻な状況にあるLGBTQからの相談が、1年間で述べ3,500人から届いているそう。「これまでもこれからも、当事者が抱える課題を切れ目なく解消できるよう、企業や行政と連携しながらがらチャレンジを続けていきたいです」と意気込む藥師さん。解決すべき課題の分析・選定に欠かせない調査事業にも、「みてね基金」の助成が活かされています。
「嬉しいのは、LGBTQ以外の子どもたちからも『自分もずっと周りに言えなかった“違い”があるけれど、それでいいんだと思えました』など、多様な性の学習を通じて、自らの多様性を尊重する学びにつながったという感想をもらえること」
誰もが多様な存在であり、“多様な性”の理解・支援を世の中に広げていくことは、すべての人に関わる“多様性”の支援にもつながるのだと藥師さんは強調します。
家庭を安心の基盤に 子どもの言葉をまず受け入れて
最後に、子育てをしている保護者の皆さんに向けて、冒頭に投げかけた「もし子どもが性の違和感を打ち明けた時には」という問いに対するアドバイスとして、藥師さんは教えてくれました。
「保護者の理解は、LGBTQの子どもたちの命や自尊心を守ります。アメリカの調査によると、LGBTQの子どもの自死念慮が下がる要因として、保護者の理解が挙げられています。『スカートを履きたい』『ピンクは嫌』と子どもが言っても、その子がLGBTQかどうかは分かりませんし、決める必要もありません。しかし、「そんなの変だよ」などとその子の気持ちを否定せずに、そのまま受け入れて欲しいと思います」
また、普段の会話を通じて、「自分や自分の友達がLGBTQであっても、自分の親は受け入れてくれるんだ」と感じられるコミュニケーションを心がけることも大切なのだと藥師さん。
「LGBTQの話題をテレビやネットで触れたときに、『大事なことだよね』『自分の友達にもいるよ』といった一言を添えるだけでも、何かあったら相談できるという安心のベース”が育まれます。保護者や教職員の皆さんと共に、LGBTQもありのままで大人になれる社会をつくっていきたいと思います」
取材後記
「悩んでいた17歳の自分のような子どもたちを助けたい」という一人の思いから始まった勇気あるアクションが、10年余りでこれほどの広がりに。全国各地の自治体や企業からオファーが絶えずに飛び回る藥師さんの活動量が、日本のLGBTQが大きく前進しようとしている変化の現れだと感じました。(ライター 宮本恵理子)
※LGBTQ: L レズビアン (女性同性愛者)、G ゲイ (男性同性愛者)、B バイセクシュアル (両性愛者)、T トランスジェンダー (生まれたときに割り当てられた性別と自認する性別が異なる人)、Qクエスチョニング(セクシュアリティがわからない、決められない、あえて決めていない人)。5つの頭文字をあわせた言葉で、セクシュアルマイノリティ(性的少数者)の総称としても使われます。L・G・B・T・Q以外にも多様なセクシュアリティが存在します。