日本に子どもの成長支援に特化したフードバンクを 〜カット済み野菜や肉、牛乳も届ける独自支援の背景〜
公益社団法人東京子ども子育て応援団
「自家用車で40軒」から始まった食糧支援
公益社団法人東京子ども子育て応援団は、ひとり親家庭や障がい者家庭など、都会の中で孤立しがちな子育て家庭を「食」の面で支える活動を続ける団体です。
2015年秋、コンサルティングファーム・投資ファンド出身の河野司さんと元裁判官で弁護士の今村和彦さんによって、東京・練馬で子ども食堂をスタートすることから、地域に根差した支援活動が始まりました。
食堂の運営を通じて、「子どもたちの健やかな成長と明るい食卓のために、困っている家庭に直接食料を届けることが大切」という気づきに至ったという河野さんは、翌年には大手有機低農薬野菜宅配事業者からの提供を受けて食品宅配サービスを開始。当初は自家用車で、たった一人で練馬区と周辺エリアのご家庭を回って食糧を届けていたそうです。
「半日かけて支援できるのは40軒がやっと。やればやるほど、テレビや新聞では見えてこなかった『困窮家庭の厳しい現実』を目の当たりにして、歯がゆい気持ちがありました。大変恵まれた人生を歩んできた自分ができる恩返しをしないといけないという思いも年々強くなって。だから、『みてね基金』第二期の助成で冷蔵・冷凍室と中古の冷蔵冷凍機能付き2tトラックが買えたときは、思わずバンザイしたくなるほどうれしかったです」
独自のパントリーネットワークを構築
各種食品事業者や飲食チェーン、近隣の農家から不要になった食品の寄付を受け、必要としている家庭へと届ける。この循環をさらに広げようと、河野さんは「子育て家庭の食卓革新に向けた情報プラットフォームとパントリー(食料庫)ネットワークの構築」を提案。「みてね基金」の第二期イノベーション助成に採択されました。これにより、利用者の家族状況についてより詳しい情報を集約した上で、困窮度の高い家庭へより手厚く食料を届ける仕組みへと発展させました。
助成を通じて整備されたというメイン拠点のパントリーを訪ねてみると、入り口にはバスケットに仕分けされた野菜や牛乳、調味料などの食料品がずらり。隣接した小部屋には、農家などから提供された生鮮野菜をカットして袋詰めするための作業台があり、最大8人が同時に作業できるそう。約100平米あるというパントリーの壁に、業務用冷蔵・冷蔵庫と冷蔵・冷凍室が所狭しと敷き詰められた光景は圧巻です。
「これが本当に優れもので」と河野さんが指したのは、業務用フードシーラー(真空パック機)。その隣には、とりわけ大きな300リットル冷凍庫2台。冷蔵室・冷凍室で旬の時期に大量に寄贈された野菜や肉、魚をフレッシュな状態で長期保存することが可能になったことで、困窮家庭に届けられる食の質が格段に上がりました。
このメインパントリーをハブとして、都内5カ所の衛星パントリーへと食材が発送され、それぞれの近隣家庭へと届くネットワークが整ったことで、2023年度は累計1万家庭超に支援が届くまでに広がっています。
情報を分析し、支援の精度を磨く
「重要なのは、『見えにくい困窮実態の把握』です。私たちの基本姿勢は、支援を求める人なら誰でも拒まずサポートするというものですが、困窮実態に応じた優先順位付けもしっかりとしていく必要があると考えています。情報プラットフォームの構築によって、各家庭の家族構成、困窮度や子どもの発育状況についても情報開示に同意いただけたことは大きな前進です」
各家庭から食事の記録写真を集めて栄養価を分析する共同研究も東京農業大学との連携で始まり、「平均的に脂質の過剰と良質の炭水化物が不足していることが分かった」と河野さん。この結果を受けて、米穀類に加えてイモ類やパンの供給を強化する方針を決めるなど、「子どもたちの健康的な成長に確実に貢献できる“データ”に基づいた食料支援」へと進化しています。
定量データに加え、パントリーに食品を「受け取りに来てもらう」というコミュニケーション(遠隔地には宅配対応)によって、支援先の家庭の様子を直接知る接点も日常的に生まれています。
同団体がこれまでの取り組みを通じてその重要性を発見し、こだわっているのが「一次加工」した青果品を渡すこと。鍋やフライパンに入れるだけで調理できるよう、一口大にカットして真空パックに詰め冷凍して家庭に渡す“ひと手間”を大事にしているのです。
「ひとり親家庭等では、仕事帰りに子どもを保育園まで迎えに行った後、買い物をして調理するのは、時間的にも体力的にも厳しいものがあります。一次加工した状態の野菜や冷凍したお肉を衛生的にお渡しすることで、栄養価の高い食事がより多くの子どもたちに行き渡ると考えています。また、さまざまな事情により『料理の仕方が分からない』という悩みを抱える人もいますので、今後はレシピ配信と親子料理教室の事業も広げていこうと計画しています」
栄養バランスがよく、包丁要らずで調理できる一次加工野菜パックは災害支援の現場でも評価され、今年1月に地震が発生した能登地方に向けた支援にも応用されたそうです。
「今日も来てくれて、ありがとう」
事象の全体像を見極め、課題の本質を発見し、カギとなる解決策を打つアプローチは、河野さんが前職で培ったビジネス感覚が生かされたもの。「人生の最後は、社会のために生きたい」と56歳で早期退職して始めたという今の活動も10年目を迎えます。この間、さまざまな事態に遭遇し、「力及ばず大泣きしたことや皆で大喜びしたことも、何度となくありました」と語る河野さんですが、
「でも結局、どれか一つの特別な出来事というより、一日一日仲間たちと働き、ここに来てもらえるご家庭と顔を合わせて挨拶できること、『今日も来てくれてありがとう』と思える日常を積み重ねられることがうれしいんです」
運営を支えるスタッフは全員無給スタッフ・無償ボランティアで、現在関わる人数は70人ほど。提携農家の畑での余剰野菜の収穫・加工、食材の仕分け、引取り・宅配トラックの運転、段ボールの整理など、それぞれが協力できる作業に参加しています。「人によっては就労に向けたステップアップや、アクティブシニアの活躍の場にもなれば」と河野さん。
「このメインパントリーは教会から無償でお借りしているので、施設費も実費だけです。間接スタッフも全員無給です。皆さんからいただく寄付や助成を、できるだけ直接現場で活用できるように。企業経営と同様に、これからはソーシャルセクターにも『寄贈対効果』を求める発想が重視されていくと思うんです」
自身も孫を愛する「おじいちゃん」だと目を細める河野さんは、「家族アルバム みてね」のヘビーユーザーであるとも。子どもを中心に、家族が明るく対話できる社会をもっと広げるために、これからも食料支援を通じた社会貢献を続けていきたいのだと構想を教えてくれました。
「都内であれば一区に一つ、パントリーを配置できるのが理想です。レシピ開発や親子料理教室も進めたいので、まだまだ道半ばです。そして、やはりこだわりたいのは、本当に必要な方に支援を届けること。たとえば離婚調停中で戸籍上はまだ『ひとり親』として認定されず、公的支援を受けられない家庭等に寄り添っていきたい。この記事を読んだ方で、お子さんの食事に困っている方がいたらぜひ私たちを使ってください」
取材後記
河野さんに案内していただいたパントリーは、「本当に必要な方に届けるための支援」について考え抜かれた設計でした。「ろくでなしの私の晩年にこんな充実した日々が待っていたとは思いもしませんでした。アクティブシニアの皆さん、子どもたちのために是非ご一緒しませんか」と柔和な笑顔で繰り返す河野さん。その軌跡は、人生100年時代の「ソーシャル・セカンドキャリア」のロールモデルになるのではないかと感じました。